お盆休み突入ですね。
会社を訪ねてくれるKonayuki Snowboardsにご興味のある方々も続き、嬉しく過ごしています。

昔話を書いた硬派物語①ですが、案外と反応がいいので続けて書いてみます。

Episode③ 30年前の北海道事情
硬派のプロトタイプのコスメは、前回の時にお話ししたように北海道の地図を乗っけました。
製品は日本列島の地図に変えて、『硬派』の文字が入ります。
ここには北海道の昔のライダーたち、北海道の大きな斜面、最高の雪、一緒にテストしてくれた菊地さんへの俺のいろんなリスペクトを込めたのです。
30年以上前、バートンはブイブイ言わせてたのですが、北海道を席巻していたのはSIMSでした。SIMSのライダーたちは北海道でも個性的であり、ライダーたるそうそうたるメンバーは全日本でも優勝する実力をみせながらも、いち早くフリースタイルの要素を取り入れたライディングとスタイルで、山を斜面を雪を楽しんでいました。
ある意味で一番の先端をごく自然と遊んでいたのはホッカイダーのボードの先輩であり、その文化を引き継いだ後輩だったことを認めるしかありません。
その頃のバートンは全国的にも競技志向が強くなり、性能のいいボードがどんどん開発され生産されて効率のいいスキーのような動きと、競技会での成績が重要視されてきて、それがまた滑りの技術やボードの性能を高めて相乗効果を上げたという面はあるのですが、山を丸ごと遊びつくすようなスノーボードやスノーサーフィンの本来の横乗りスタイルとの違いの差も大きくなってきました。
ここではそれが誰だとか固有名詞は出しませんが、この頃の凄いライダーの先輩はいまだに山で滑っていて、たまにゲレンデで会うと「モトちゃん、元気でやってる~~?」なんて声をかけてもらいながら一緒にライドしますが、未だにスタイル全開で我が道で滑っていて、それはそれでカッコよく思えます(爆笑)

Episode④ 山に戻った男たち
北海道は四方を海に囲まれているためにいい波が立ちます。
本州では考えられないくらいいい波でも混雑はなく人知れずにいい波が割れています。
真冬でも海に入っているハードコアなサーファーもいますが、冬は横乗りのスノーボードにのっかって雪を斜面を波に見立ててラインを描く男たちが山に現れるのは至極当然の成り行きだったのです。
日本海に太平洋に、東風にも西風にも遊んでいたウインドサーファーやサーファーが、ゲレンデに滑り裏山にと、自由に遊んでいたのが北海道のスノーボーダー達でした。

北海のヒグマ「菊地 司」もまさにそうだった。
彼の場合、持病の心臓病で冬のサーフィンが続けられないといわれたのが22歳の時。
その時に巡り合ったのが横乗りの一枚板、スノーサーフィン 1982年でした。
行きつけのサーファーショップにそれは突然5本並べられていた。実に35年も前のことだそうです。
わけのわからぬままスキー場へ行って滑ろうとするとリフト乗車を拒否される日が続き、えーい!どうせ歩いて登って滑るんなら大きな山へと彼らの足を向かわせました。

その頃から少し後の時代でさえ俺たちも信州で滑られれるゲレンデは限られていて、乗車拒否や入場拒否される事も当たり前で、その都度滑られそうな雪の斜面を見つめては歩いて登ってはスプレーを上げることに夢中になっていましたが、スケールの大きい北海道をベースとする先駆者の目はもう既に山に向かっていたんだよね。
元々冒険野郎のパイオニア精神に火が付き、菊地さんたちは早くから北海道の1000mを超える山へと導かれていった。
それにはもう一つの意地もありました。

 

続きはお盆明けに・・・
皆さん最高の休日をお過ごしくださいね。