朝晩はすっかり寒くなってきた信州です。
紅葉も始まってきましたが今週末には北アルプスでは初雪。なんて天気予報は伝える季節になってきましたね・・・

でも、もう少し秋を楽しみたい気分ですわっ(笑)
さて今回も硬派物語、続きます。

Episode⑥ 北海のクマさん、どこまでも本物志向

「北山会」のメンバーは本州から大勢の人が来て、北海道の山を滑られる前にとりあえず1000mを超える山は俺たちで滑っとこう!!
なんて純粋な気持ちで山に出かけたはいいけれど、北海道の1000mを超える山は本州の2500m以上クラス。
ゴージャスなコンディションの裏側には、極寒・強風・底なしの深雪 の世界。
装備も今ほど充実してない時代にそれは修行にも似ていて、修行の後のおやつのハニーに頑張るクマさんでもあった。

その頃のことを尋ねると・・・

「ただただ大きな山を滑りたかった。」と言っていた。
「北海道の山々も素晴らしかったけれど、カムチャッカ行きたくなっちゃってさ~~(笑)」

北海のヒグマ、いよいよ北海道の山からカムチャツカの「爺爺山」へ。

Episode⑦ ~出会い~ 知識

目標を定めロシアに詳しい札幌のガイド会社を訪ねたのが、まだ若くてイケイケの菊地司の人生変える大きな分岐点になった。

そこは偶然にもスキーツアーも古くから生業にしていて、日本でいちばん危険なガイドm氏がいた。
北海のヒグマさん、そこで雪の怖さと地球のでかさと生き抜くための「知恵」を知る。

冬山登山の知識装備はそこで教わり、物理的な雪崩の節理は北大低温研で学習した。
勉強なんて大嫌いだった男が、真面目に雪の結晶と向き合い雪に語り掛ける日々。
世間で毎年行われるようになった雪崩講習会の始まる2年も前であった。

その当時ビーコンもまだ北海道には売ってなくて、REIの通販でアメリカから取り寄せたイヤホン型だった。
装備をそろえながら山に行き道具をテストしながら改良し、改めて北海道の山の魅力にはまり、山の素晴らしさと自然の斜面に描くスノーサーフィンへの想いを強くし、カムチャッカへの思いを強く温めていた。

後に菊地さんもガイドして山に行くようになると、その頃の経験を雪と山と自然をそうそうたる次の世代のスノーサーファーに御教授して今の流れとなっていったらしい。

さてその頃の俺は、同じように世界に向けて飛び立とうと人生を賭けて本気になっていた。
1988~初めての国際大会に向けて、いろいろ無理をして海を渡る。
アメリカから帰国したら彼女はいなくなっていた。
北米ブリッケンリッジのW-CUP、コロラドマウンテンシリーズ、U.S OPENへと武者修行は西海岸から東海岸へと勝負の世界に突っ込んでいく。

滑る斜面は違えど同じ雪。
かたやカムチャッカに夢を見て、かたや北米に夢を観たクマさんと俺。

しかしカムチャッカへの渡航の直前に菊地司の力ではどうにもならない問題が起こる。
その後軍用ヘリのチャーターは国際的問題で計画は流れ、民間ヘリの莫大な経費の前に仕切り直しとなる事になった。

 

続く・・・🐂