荒らされていない静寂にいた男は、時代の流れの中に戸惑う。
北海のヒグマさん、冷静に周りの動きを見て呆れたり笑ったり応援したり・・・


Episode⑯ あの頃の山男たち

道具や知識は前に書いた。

何も知らない中では、道具の勉強や開拓から始まった山滑りでもあった。

山に入ってもスノーボードはスキーの機動性には程遠く、目指す深雪を歩くこともできない。

北海道にいながらスキーもほとんどした事が無い俺だったけれど、それでもなんとかなる。 山に入ると山スキーや冬山登山の方々が興味本位に話しかけてくれて、横乗り一枚板に和かんじきの「毛色の変わった僕」に効率の良い移動の方法のヒントや、斜面の「いろは」を山男たちは惜しみなく伝えてくれ、今さっき感じてきたであろう活きた情報を与えてくれた。

後で思うことだが、旭岳などは必ず挨拶やお礼を忘れなかった。
滑りも奪い合うよりも、1本1本のラインを讃えあっていたのが旭岳だった。
礼儀の中に山男たちの流儀があった。

初めて見るような山スキーヤーや滅多に見ないスノーボーダーにも、声を掛け合うことでみんなの距離を縮め、無理をさせない気遣いが生まれ、毎週のように通うローカル同士に限らず、駅員、食堂のオバチャンにまで顔馴染みになった。

みんながここ旭岳の山や雪や空気を愛し大事にしていたことは、今思っても幸せな時代だったと思う。

変な道具持った愛想の良い奴、ほら身体のでかい笑うと可愛い「ヒグマさんだよ」でみんなが通じたのだ。

 

Episode⑰ 時代の流れ

予想していた事だがゴンドラがリニューアルし、なんだか知らないけれどバックカントリーバブルに沸くと、旭岳には僕にヒントをくれた方々との流れる時間も薄くなり、僕が次に伝える機会も減り山をゆっくり語るような習慣も消えた。

冬山三器の流通も乏しく情報に奔走した時代に、その山のローカルと共存するには挨拶は常識人としての最低限のマナーであり、山での暗黙のルールもそうした中からご指南頂いて、また次の連中に伝えてきた。

滑り出しは大人数で滑らず一人ひとり気持ちを鎮めて滑り出し、ボトムから離れたところで止まる。

または尾根を奇数、偶数で分けて止まる。

最初と、最後は技術や経験の多い人が滑る。

滑り出したらなるべく雪崩の発生原因とならないように、またみんなが良い斜面を滑れるように、斜面を横に長く切ってトラバースしないなど、きちんとしたルールと暗黙の了解が多数あって、それをみんなで守ってきた。

特に一緒に行動する仲間の体力、知識やここに至った経緯の劣る人に合わせ声も掛け合い、仲間の事故や怪我も自分の事のように思い、連帯責任であることを耳が痛くなるほど聞かされて開拓してきた。

もし自分に困った事があった時、遠くの親戚より近くの他人に何時たすけられても山では不思議は無いと、山で同じ空間にいる連中の仲間意識や結びつきがあった。

山男のオヤジたちの話は納得の行く話が多かった。

整備されたバーンでスキーやスノーボードがいくら上手くても、すべての環境の変化の幅が大きい山では、誰もが初心者だと言うことを忘れてはならない。

ブーム以降に旭岳に来るスノーボーダーたちは爆発的に増えた。
誰もがスノーサーフィンを語り、今どきの俺流のスタイルを語りそのスタイルに溺れている。
我がモノ顔に俺の山だと語ったり、俺たちが昔から感じているような「山への愛着」を持つようになった。
それは喜ばしいことだ。
スノーサーファーの技量が上手かろうがまだまだ開発中だろうが、そんなのはそれぞれで楽しんで滑ったらいい。

ただ今僕が伝えたいのは、何時か旭岳を愛する仲間に昔のような気付きがあり、何時も挨拶と笑顔が有る旭岳でありたいと願う。

外国人が増え、知らない連中が大挙押しかけると、山は混雑してどうしても殺伐とした感じになるのは仕方のないことだけれど、滑り出しにも滑りにももう少しゆとりや品格が戻って欲しい(笑)。

昔から滑ってんだ。なんてことに敬意を払ってもらう必要はないが、道具も1級品に身をまとい我がモノ顔で気取っている奴を見ると、とてもじゃないが旭岳はまだまだ君を「呼んじゃいないよ」と言いたくなる。

 

時代は大きく変わった。
ブームなのか尖んがりボードであふれ、ガイドまでもがフニャフニャのボードでみんなでクネクネ滑っている。

僕には硬い、バッチっと決まるボードがいい。

ウインタースティックでやっつけられたような、パンチあるけど走り出しが速い。そんなボードを探していた時に、Konayuki Snowboardsを知った・・・続く